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2008年6月11日 (水)

ドキュメント「ヒトラー暗殺計画」の衝撃

 ヒトラー暗殺計画はいくつもあり、関連書籍も多数ある。私が本書を読んだきっかけは、短い書評だった。現物がてもとにないのだが、この本の翻訳者である高木玲氏の短文で、無名の職人エルザーが断固として実行したのに対し、暗殺を計画していたエリート軍人たちは優柔不断。この二つを対比する一文に強烈にひきつけられて読んでみた。

 150にも及ぶ未公開写真、資料、関係者の証言がふんだんに取り入れられた迫真のドキュメンタリーだ。

 その資料的価値や、情報内容も評価されるべきだろうが、それより心の底から感動あが湧き上がってきた。暗殺にまつわる全体状況を伝えながら、そこに関わった一人一人の人間の顔や心情が見えてくるからである。

 言うまでもないが、暗殺計画と未遂に終わった行動を手放しで評価しているのではない。しかし、1930年代、1940年代の完璧な独裁体制において、ヒトラー暗殺以外にドイツの破滅を阻止し、ドイツ民族を救う道はなかったのではないか。

 その思いを強くもつ、まったく無名で組織にも属さなかった家具職人のゲオルク・エルザーは、たったひとりで戦争とファシズムにたちむかう。しかし、彼の仕掛けた爆弾からヒトラーはのがれた。それでも、彼の判断力・計画力・断固たる実行力・冷静沈着さ・職人らしい丁寧な仕事は特筆されるべきだ。

 一方、軍部内にもヒトラーを批判する声は戦争開始前から強かったが、エリート軍人たちの逡巡で何度も機を逸する。それは、軍人たちが命を惜しんだからではなく、「軍歴に傷がつく」ことを恐れたのが大きな理由のひとつだ。

 それどころか、疑問を持ちながら、ひたすら出世すべく侵略戦争に積極的に加担した。平凡な市民のエルザーと、あまりにも対照的である。

◇二つの対照 透明度の違い?

 両者の違いは何か。エルザーは、一市民であり後のことを考えなかった。しかしエリート軍人たちは、ことを起こした後の国をどうするかに悩んだ。だが、それだけではない。私は、透明度の違いがあると思う。

 後述するように、軍人たちのなかにも、ほんとうに国や人民の将来を危ぶみ命を賭して独裁者を打倒しようとした人がいたことは事実だ。その精神は透明の水晶のようである。しかし、その隣に、荒削りだが、もっと透明な水晶が置かれたら、元の水晶にわずかだが陰りがあることに気づいてしまう。

 ヒトラーの独裁と虐殺に反対するレジスタンスは、軍部レジスタンスと市民レジスタンスの二つがある。(内心反対していても)日和見主義の将軍たちが多いなかで、勇気をもって実行にうつそうとした将校も、もちろんいた。

 軍部レジスタンスの中心人物ヘニング・フォン・トレスコウ大佐。そしてクラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク大佐たちだ。

 この本を読み進めているうちに、暗殺計画とクーデターに関係した人々、その家族、躊躇した人など、さまざまな登場人物の魂が語りかけているような気分になってくる。

◇ 印象に残った二つの言葉を書き留めておきたい。

「ドイツにはもう明るい時代などこねえ。明るい未来もだ。政府をぶっつぶさんうちは。おまえには言っとくが、俺はやるぞ、やってやるともよ」

ゲオルグ・エルザー(失業中の家具職人。たった一人でヒトラー暗殺を試みた)

「もはや重要なのは現実の目標ではない。世界と歴史の前に、ドイツのレジスタンスが命を賭して決定的な一石を投じた、ということが重要なのだ。・・・たとえ失敗して全滅することになっても、われわれはそれを為さねばならない。『かかる悪に立ち向かう者は一人としていなかった』と、後の世に言われてはならないからだ」

ヘニング・フォン・トレスコウ大佐(軍部レジスタンスの中心人物)

「ドキュメント ヒトラー暗殺計画」 グイド・クノップ著、高木玲訳、原書房

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