佐藤正久は議員辞職せよ
佐藤正久参議院議員(自民党)は、心底から国民と民主主義をナメている。自衛隊の指揮官としても失格、政治家としても失格である。TBS(JNN)の取材に答えて、イラクに赴任中「わざと」戦闘に巻き込まれて戦争を開始しようと考えていたことを、話した。国会で充分に説明したうえで、議員辞職すべきだ。
■ここ数年で最悪の政治家暴言
問題発言を振り返ってみる。TBSのインタビューに答えて佐藤氏は次のように答えた。
「自衛隊とオランダ軍が近くの地域で活動していたら、何らかの対応をやらなかったら、自衛隊に対する批判というものは、ものすごく出ると思います・・」
「巻き込まれない限りは正当防衛・緊急避難の状況は作れませんから。目の前で苦しんでいる仲間がいる。普通に考えて手をさしのべるべきだという時は(警護に)行ったと思うんですけどね。その代わり、日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろうと」
TBS他の報道によれば「情報収集の名目で現場に駆けつけ、あえて巻き込まれるという状況を作り出すことで、憲法に違反しない形で警護するつもりだった」とまで言い切ったのだ。
「憲法に違反しない形」などと言い放っているが、憲法違反・違法であることを充分に認識しながらの発言であり、極めて悪質であり、この人物の思想と背後にある小泉・安倍先軍政治を象徴している。
柳沢厚生労働大臣の「産む機械発言」、久間前防衛大臣の「原爆投下しょうがない発言」あるいは、赤城前農水省の事務所経費問題の比ではない。事務所経費で不正を働こうと、それで戦争が起こるわけではない。しかし、佐藤氏の考えていたことは、かつての関東軍の暴走と同じである。日本という国や国民を窮地に陥れていたのかもしれないのだ。
■部下の自衛隊員を「わざと」危険にさらそうとした
発言部分で許しがたいのは、情報収集の名目で現場に駆けつけ、「あえて」巻き込まれる の部分だ。イラク特措法では、戦闘は原則禁止されてはいるが、同法17条では、隊員の命に危険が迫った時に限り現場判断で武器使用が認められている。つまり、17条が適用される状況を「わざと」つくり出そうとしていたということになる。
こうして意図的に戦闘状況を作り出せば、当然部下の自衛隊員にも犠牲者が出る。侵略に対抗してやむなく武器をとるのではなく、米英のイラク侵略戦争を支援する形、実質的には侵略戦争に自衛隊が直接参加する端緒を意図的に作り出し、その戦闘に部下を借り出して生命の危険を強要しようとしていたのである。
それどころかイラクから帰国後の佐藤氏は、全国各地の講演会で、地元のイラクの人びとを尊重するとの発言を繰り返していた。しかし、これがまったくの嘘であることが判明した。戦争したくてしかたがなかったのだから、当然、自衛官ばかりかイラクの人びとも巻き込まれて犠牲者が出るだろう。
自衛隊の指揮官として失格である。イラク赴任した佐藤氏の部下たちは、彼の発言を聞いてどう思うだろうか。全面的に支持するだろうか。
そして、無事の帰還を祈っていたイラク派遣自衛官の家族たちは、どう思っていることだろうか。
■佐藤氏は国民を見下している
「日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろうと」という発言にはアゼンとする。憲法はおろか、日本の法律なんてどうでもいい、と言っている。これが自衛隊の指揮官であり、国会議員なのだ。
この開き直りは、国民・士民を愚弄するものだ。アジア民衆の大量の犠牲、日本人300万人以上の犠牲の上に、現在の民主的法体系は確立された。
この発言は、焦土とした国土の中で、それなにり過去を反省し、必死になって新しい社会をつくろうともがき苦しんできた民衆・国民をバカにしている。そんな人びとの心と「絆」なんてどうでもいいと佐藤氏は言っている。
■関東軍の謀略と同じ
佐藤氏の発言を聞いて多くの人が思い起こしたのは、15年にも及ぶアジア太平洋戦争の端緒となった柳条湖事件であろう。
柳条湖事件とは、1931年9月18日、中国の瀋陽市・柳条湖で日本軍が鉄道線路を爆破し、これを中国軍の仕業だとして日本軍は攻撃を開始、数ヶ月で中国東北(旧満州)全域を占領した事件である。
これ以降、アジア太平洋戦争の泥沼に入り、1945(昭和20)年8月15日の悲劇を迎える。完全な謀略だが、佐藤氏が考えていたことも全く「謀略」である。
日本国と国民を窮地に追い込んでいたかもしれないのだ。その責任は重大である。
■軍部の暴走を野党は国会で徹底追及すべし
イラクの現場でこんなことを考えていたのだ。まったく文民統制(シビリアンコントロール)を無視するもので、これだけでも自衛官としての資格に欠け、国民に対する裏切り行為である。
そうでなくとも、この間の防衛政策は、自衛隊制服組(軍人)の言いなりに自民党政治家が遂行している。また、6月に暴露された自衛隊情報保全隊による国民監視の実態もある。
いつか来た道、軍人や軍部に政治が牛耳られる兆候があちこちで見られる。今回の佐藤氏の発言を放置すれば、さらにエスカレートし、民主体制そのものが危機を迎えるだろう。
野党は、国会でこの問題を徹底的に追及すべきだ。そして本人に充分な説明をさせた上で、議員辞職勧告を突きつけるべきである。
■小泉・安倍政権・自民党の責任
佐藤氏による文民統制無視と書いたが、実はちゃんと文民に統制されていたということも考えておく必要がある。それは当時の首相であった小泉純一郎総理とその周辺が、「お墨付き」を与えていた可能性もあるからだ。
つまり、謀略によって、突発的に見える戦闘行為を自衛隊にさせ、集団的自衛権の行使や、海外における武力行使=戦争の実績をつくろうとしていたのではないか、という疑念である。
いずれにせよ、当時の小泉首相、安倍現首相、そして参院選でこのような人物を立候補させた自民党の責任は重い。
弁護士グループらが、さっそく公開質問書 (喜八ブログ)を送ったのは当然だろう。
■「勝って兜の緒を締めよ」を知らなかった佐藤正久
それにしても、今回の佐藤正久氏の暴言にしろ、閣僚の暴言にしろ、なぜこうも軽々と信じられない発言をする人が多いのか。
それは、「自民党による数の力で何でもごり押し」がまかり通り、批判されてこなかったことが原因であろう。普段から、考えの違う人の意見や批判に耳を傾けていれば、よく考えて行動し発言するはずだ。
ふつう、人や社会国が変革しようというとき、敗北から学ぶことが多い。極めて優れた人物や社会システムがあれば、勝利をもとにさらなる前進をすることも可能だ。しかしそれは難しく、多くは敗北や失敗を教訓として新たな道を歩むものである。
昔の人はよくしたもので「勝って兜の緒を締めよ」という言葉もある。佐藤氏は、どうやらこれを知らなかったようである。18歳までの彼がどのような環境にあったかは知らない。成績がよかったことだけは元教師の発言から分かる。
18歳で防衛大学校に入って以降、エリートの道をひたすら歩んできた。自衛隊内でも確実に出世し、アメリカにも留学している。そして第二次大戦後初の軍組織の海外派兵の隊長として注目を浴びた。
まさにスポットライトを浴び、マスコミからもてはやされた。一種のスターにされたといってもいい。帰国後の彼は、まさに肩で風を切って歩いていた。そして今回の参院選において、自衛隊の組織票で晴れて国会議員になった。
勝ち続けた人生である。ちょっと冷静に立ち止まり、自らを省みたほうがいいのではないか。
結論。佐藤正久氏は、部下の自衛隊員や国民の安心安全、幸せなど眼中にないことだけは明確になった。そして、戦争したくてたまらないこともわかった。
このような人物が国会にいることは、百害あって一利なし。
追伸 それにしてもウソが多い
イラクの文化や現地の人を尊重する、現場にいたからこそ平和の尊さがわかる、絆は大切だ・・・などと佐藤氏は言ってきた。しかしやっていることは正反対だ。あまりにもウソが多い。恐ろしくなってくる。
日本の破壊者・民主主義の破壊者は議員辞職すべきだ。このままうやむやにしたら、日本はさらに危険な方向に進むことは間違いない。
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